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岡山地方裁判所 昭和34年(ワ)18号 判決

原告 北山こと金光春雄

被告 山田淳一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和三四年一月二一日なした強制執行停止決定(当庁昭和三四年(モ)第二五号事件)はこれを取消す。

事実

原告訴訟代理人は、「被告等より原告に対する、訴外井上作太郎と山田直平間の岡山地方裁判所昭和二三年(レ)第六号建物収去、土地明渡請求事件の和解調書に基づく強制執行はこれを許さない訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

一、原告は岡山市上石井字津十二百八十四番の三、木造かわらぶき二階建店舗一棟建坪三十坪八勺、二階十九坪八合及び木造亜鉛メツキ鋼板ぶき平家建物置一棟建坪五坪一合二勺の所有者である。

二、訴外井上作太郎(控訴人)と被告等の父たる訴外山田直平(被控訴人)間の岡山地方裁判所昭和二三年(レ)第六号土地明渡請求控訴事件において、昭和二三年六月三〇日両者の間に「控訴人井上作太郎は被控訴人山田直平に対し、岡山市上石井百八十四番地宅地五十坪七合五勺の地上にある間口三間半、奥行四間のコワ葺木造バラツク小屋、間口二間半、奥行三間半のトタン葺本造コワ葺木造バラツク小屋、および間口二間半、奥行三間半のコワ葺木造バラツク小屋の三棟の建物を、昭和二四年一〇月末日までに収去してその敷地である右土地全部を明渡すこと」との裁判上の和解が成立し、その旨を記載した和解調書に記載された。

三、山田直平は昭和二七年七月二五日原告を右和解調書に表示された債務者井上の承継人なりとして原告に対する承継執行文の付与を受け、和解調書の執行力ある正本に基づき、昭和二八年四月九日原告に対し前記第一項記載の建物の取毀とその敷地の明渡を求める強制執行をした。

四、しかしながら原告は山田直平より昭和二四年五月中旬頃前記和解調書記載の本件宅地を賃料一個月金二千五百円毎月末払とし、期間の定めなく建物所有の目的で賃借した。即ち原告は昭和二四年春右井上から本件土地上の建物を買受けその後これに手を加えたものであるが買受後山田と井上間に前記和解が成立していることを知つたので、昭和二四年五月頃山田直平の希望どおり当時としてはかなり高額の地代を約定して全く新たな賃貸借契約を締結したものである。したがつて、右の契約により前記債務名義は執行力を失し、原告の山田直平に対する本件土地明渡義務は消滅したわけである。

五、なお、山田直平は昭和三二年一一月二五日死亡したので、その長男被告淳一、長女同節、三女同良子、二男同次郎が遺産相続によつて右債務名義における債権者山田直平の地位を承継した。

六、よつて原告は被告等に対し、前記和解調書表示の本件土地明渡請求権の消滅を理由として、前記和解調書の執行力の排除を求めるため本訴請求に及んだ。

右のように述べ、被告の本案前の抗弁に対して執行文付与に対する異議の訴と請求異議の訴とは互にその目的効果を異にするものであり、各別に訴を提起しうるのであつて(大審院昭和十五年十月四日判決判例集十九巻一七六四頁参照)請求原因においてたまたま同一の事実が主張されているとしても本訴の提起が不適法となるものではないと述べ、

証拠として甲第一ないし第五号証を提出し乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として原告の請求を却下するとの判決を求め、その理由として次のように述べた。

一、原告主張の本件債務名義は井上作太郎と山田直平間の岡山地方裁判所昭和二三年(レ)第六号建物収去並土地明渡請求控訴事件の和解調書であるが債権者山田直平は右和解調書の執行債務者である井上作太郎より、目的家屋を買受けた原告に対し、右井上の承継人として強制執行をなすため、昭和二七年七月二五日承継執行文の付与を受けた。

二、ところが原告はこれに対し昭和二八年四月一五日右債権者たる山田直平を相手として岡山地方裁判所に執行文付与に対する異議の訴(同庁昭和二八年(ワ)第一三四号事件)を提起した。原告は同訴訟において請求原因として「原告金光春雄は被告山田直平より昭和二四年五月中旬和解条項記載の宅地を一月賃料二五〇〇円毎月末日払期間の定めなく建物所有を目的として賃借した。」と主張したが、右主張は本訴における請求原因と全く同一である。ところが岡山地方裁判所は右訴訟において原告主張の請求原因事実の存在しないことを認めて請求棄却の判決をなし、ついで同事件の控訴審である広島高等裁判所岡山支部(同庁昭和三〇年(ネ)第九〇号事件)においても第一審と同一の理由により控訴棄却の判決をなし、これに対し原告は上告したが最高裁判所(同庁昭和三二年(オ)第七〇七号事件)においても昭和三二年一二月二八日上告棄却の判決がなされた。

三、右のように岡山地方裁判所昭和二八年(ワ)第一三四号執行文付与に対する異議の訴と本訴とは全く同一原因によりいずれも同一の強制執行の不許を求めるものであり、本訴は単に前訴の訴名を変更したにすぎないものであり、明らかに前訴の確定判決に、ていしよくするものであるから、不適法として却下さるべきである。

次に本案につき、主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として原告主張の請求原因一、二、三、五の事実は認める。同四の事実中原告がその主張の頃本件地上の建物を井上作太郎より買受けたことは認めるがその余の事実を否認すると述べ、証拠として乙第一ないし第四号証を提出し、甲号各証の成立につき認否をしなかつた。

理由

被告等の被相続人であつた訴外山田直平(被控訴人)と訴外井上作太郎(控訴人)間の岡山地方裁判所昭和二三年(レ)第六号土地明渡請求控訴事件において昭和二三年六月三〇日両者の間に「控訴人(井上作太郎)は被控訴人(山田直平)に対し、岡山市上石井一八四番地宅地五〇坪七合五勺の地上にある間口三間半奥行四間のこわ葺木造バラツク小屋、間口二間半奥行三間半のトタン葺木造バラツク小屋および間口二間半奥行三間半のこわ葺木造バラツク小屋の三棟の建物を昭和二四年一〇月末日までに収去してその敷地である右土地全部を明渡すこと」との裁判上の和解が成立しその旨和解調書に記載されたこと、原告が債務名義たる当該和解調書の執行債務者である井上作太郎より、右家屋を買受け、その敷地たる前記土地を占有していたこと、山田直平が昭和二七年七月二五日原告を井上の特定承継人とする承継執行文の付与を受け、昭和二八年四月九日右和解調書の執行力ある正本に基づき、昭和二八年四月九日右和解調書記載の土地上に存する原告所有の木造かわらぶき二階建店舗一棟建坪三十坪八勺、二階十九坪八合および木造亜鉛メツキ鋼板ぶき平家建物置一棟建坪五坪一合二勺の収去とその敷地の明渡を求める強制執行をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

成立につき争いのない乙第一ないし第四号証によると、(一)原告は右の承継執行文の付与に対し、昭和二八年四月一五日執行債権者たる山田直平を被告として岡山地方裁判所に執行文付与に対する異議の訴(同庁昭和二八年(ワ)第一三四号)を提起し、その請求の原因として「原告(金光春雄)は山田直平と井上作太郎間の前記裁判上の和解成立後、その収去すべき前記建物を井上から買受け建物の敷地たる前記土地(本件土地にあたる)を占有するにいたつたが、建物取得後右和解の存在することを知つたので被告(山田直平)と折衝した結果、昭和二四年五月中旬、山田との間に賃料一ケ月金二千五百円、毎月末日払、期間の定めなき賃貸借契約を締結した。ところが被告(山田直平)は原告(金光)が井上作太郎の承継人であるとして当庁に執行文付与の申請をし、同庁書記官成本寿師は昭和二七年七月二五日裁判官の命によつて被告に承継執行文を付与し、被告は昭和二八年四月九日強制執行をした。しかし原告の前記土地の占有は井上作太郎の占有を承継したものではなく、右賃貸借に基づき適法に占有しているのであるから右承継執行文の付与は違法である」と主張し、「前記和解調書につき同裁判所書記官成本寿師が付与した執行文に基づき被告(山田直平)から原告(金光春雄)に対する強制執行はこれを許さない」との判決を求めたこと、(二)岡山地方裁判所は同事件において、原告主張の昭和二四年五月中旬締結の山田直平との賃貸借契約が成立した事実は認められず、原告は前記和解成立後債務者たる井上作太郎から前記建物を買受けその敷地たる前記土地(本件土地にあたる)に対する井上の占有を承継したものであり、同庁書記官成本寿師が原告を井上の特定承継人として被告(山田直平)に承継執行文を付与したのは相当であり、これが執行力の排除を求める原告の請求は理由がないという理由で、請求棄却の判決をしたこと、(三)ついで同事件の控訴事件(広島高等裁判所昭和三〇年(ネ)第九〇号)において広島高等裁判所岡山支部は、昭和三一年五月二八日終結した口頭弁論に基づき第一審判決と同じ理由によつて承継執行文の付与を適法であると認めて控訴を棄却したこと(四)同事件の上告事件において最高裁判所は昭和三二年一二月二八日上告棄却の判決を言渡し(同庁昭和三一年(オ)第七〇七号)、前記判決はこれにより確定したことをそれぞれ認めることができるそして山田直平が昭和三二年一一月二五日死亡し被告等全員が遺産相続人となつて前記債務名義における債権者山田直平の地位を承継したことは当事者間に争いがない。

被告は本案前の抗弁として右の執行文付与異議の訴における請求原因が本訴の請求原因と全く同じであつて単に訴名を変更したのにすぎず本訴は前訴の確定判決にていしよくするから不適法であると主張する。しかし前認定のように前訴は執行文付与に際し存在すべき承継の発生しないことを請求原因とし、当該承継人に対する執行力ある正本の執行力の排除を求めているのに対し、本訴においては同一債務名義に表示せられた請求権の消滅による実体との不一致を請求原因とし、債務名義自体の執行力の排除を求めているので、この両者の請求原因が同一であると解することはできない。従つて既判力のていしよくを理由とする原告の本案前の抗弁は採用しがたい。

次に本案請求の当否について判断する。まず前訴と本訴との関係を実質的に検討してみると、前訴における原告の主張自体によれば昭和二四年五月中旬における原告と山田直平との賃貸借が成立する前において、原告は、前記認定の裁判上の和解によつて前記三棟の建物を収去してその敷地たる本件土地を明渡すべき義務のある債務者井上作太郎から右建物を買い受け、その敷地を占有していたということになり、したがつて原告は、昭和二十四年五月中旬より前において、すでに民事訴訟法第二〇一条第一項にいわゆる承継人であつたということができる。したがつて若し右の賃貸借があるのに債権者である山田直平が執行開始の気配を示すような場合があるものと仮定すればかゝる場合承継執行文の付与を受ける前においても、原告としては請求異議の訴を起しうる地位にあつたものということができる。それはともかくとして、原告は自己を井上の特定承継人とする承継執行文の付与がなされ強制執行を受けたので、前記執行文付与異議の訴を起し、前記賃貸借が成立したという事実をもつて承継執行文を攻撃したのであるが、同事件における右賃貸借成立の事実の主張は要するに一旦生じた承継人の地位が消滅したという主張に帰するけれども、また同時に債務名義記載の本件土地明渡請求権が債務者の承継人となつた原告(金光春雄)との関係において消滅したという請求異議の訴における異議の一事由にも該当するのである。したがつて原告としては、たやすく請求異議の訴をも併合提起しうるのにこれを提起せず、執行文付与異議の訴だけを提起したという関係にあるのである。そして執行文付与異議の訴は当裁判所に昭和二八年四月一五日提起されたが敗訴となり、昭和三一年五月二八日事実審たる広島高等裁判所岡山支部において口頭弁論が終結して、同年六月二十七日控訴棄却の判決があり、昭和三二年一二月二八日最高裁判所の上告棄却の判決によつて確定した。これに対し、執行文付与異議の訴における判決の確定は同事件でいかなる事実を認定したとしても、請求異議の訴に毫も影響を与えるものではないとして、提起せられたのが本件である。

元来本件のように、執行文付与異議の訴(民訴五四六条)における異議事由と請求異議の訴(民訴五四五条)における異議事由とが併存する場合、両者はその目的と効果を異にするから執行文付与異議の訴における判決の結果は請求異議の訴に何らの影響を及ぼさないと断じ去ることが果して法の合理的な解釈といえるであろうか。ことに本件のごとき事案に接するとき甚しく疑問に思われる。

思うに、執行文付与異議の訴について民事訴訟法第五四五条第三項(いわゆる数個の異議の同時提出の強制)が準用せられることは異論のないところであるが、執行文付与異議の訴においていわゆる同時提出の強制を受けるべき異議が何を意味するかについては争いの存するところである。しかし執行文付与異議の訴を、執行文付与に対する債務者の防禦方法提出の機会として認められたものであり、その本質において請求異議の訴と法律上性質を同じくするいわゆる制限的請求異議の訴である(原債務名義と一体となつた承継執行文を攻撃することはとりもなおさず債務名義自体に対する攻撃であつて唯その効果が部分的であるに過ぎない)と解し、また執行文付与異議の訴において異議を理由あらしめる事由として請求異議の訴の理由にもあたる事由を主張できるとの見地に立ち、数個の異議の同時提出強制の規定の立法趣旨が債権者の私益保護にとどまらず、かえつて公益上訴訟の錯雑と執行の渋滞とを避けるためであることを考慮すれば、本件のように執行文付与異議の訴において請求異議の訴における異議が併存する場合、民事訴訟法第五四五条第三項第五四六条の解釈上両者の異議事由は同時提出を強制せられるものと解すべく、従つて執行文付与異議の訴訟の第二審の口頭弁論終結までに生じた事由は請求異議の訴によつても主張できなくなるものと解するのが相当である。

本件訴の請求原因たる異議の事由として原告の主張する事実は前記執行文付与異議の訴訟において原告が主張したところの、昭和二四年五月中旬、原告と山田直平間に本件土地の賃貸借契約が成立したという事実であり、これによつて前記和解調書記載の建物収去、土地明渡請求権が消滅したというのであるが、それは本件和解成立後の事由ではあるけれども、右執行文付与異議の訴訟における第二審口頭弁論の終結時である昭和三一年五月二八日以前の事由に属するから、本件請求異議の訴の異議事由として主張することは許されず、その他に本件債務名義の執行力を排除するに足る事実の主張および立証がない。したがつて本件債務名義の執行力の排除を求める原告の請求は失当としてこれを棄却するのが相当であり、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を、強制執行の停止決定の取消につき同法第五四八条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎)

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